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彼女の福音

参拾玖 ― Mirror Mirror On the Wall ―

 

「おねぇ〜ちゃ〜ん」

 私のアパートの扉の向こうから、聞きなれた声がした。

「はいよー、おまたせー」

 あたしはスニーカーを急いで履くと、外で待つ椋に笑いかけた。

「ごめんごめん、何だか今日に限ってリボンが絡まっちゃってさあ」

「あー、あるある。これ、結構華奢だしね。破れちゃったりしたら困るよね」

「でしょ?」

 二人で笑いながら連れ歩く。椋と一緒だと、以心伝心や阿吽の呼吸などといった言葉が浮かんでくる。あたしと数時間違いで生まれてきた、あたしと一番時間を共有してきた、いわばもう一人の自分。性格が違うから、二人でうまくかみ合うところがあったりする。昔はお互いの気持ちがわかりすぎたところもあって苦しかったときもあったけど、やっぱりこういう人がいることって大事なんだと思う。大人になってから、それをさらに実感するようになった。

「ねぇ、何だかここんところ暖かくなってこない?」

「あ、やっぱり?うん、私もこの頃そう思う」

「もうそろそろ衣替えの時期かなぁ……」

「そうだね」

 今日は、あたし達が二人揃って髪を切りにいく日だった。昔はいっぱいいろんなことをしてきて、その度に仲のいい姉妹だとかそっくりさんだとか言われてきたけど、成長していくにつれて一つ、また一つとどこかに置き去りにしていってしまった。それでも、いや、もしかするとだからこそこの約束だけはいつも守っている。これはあたしと椋の決しておろそかにはできない、いわば行事のようなものだから。

「にしてもねぇ」

 あたしはポニーにまとめてある髪の先を弄った。椋が顔を覗きこんでくる。

「どうしたの?」

「ほら、暑くなるとさあ、長くて重い髪の毛ってそれだけで暑いじゃない。どうしよっかなぁ、ってね」

「だからお姉ちゃんいつもポニテなんだね」

「最初は動きやすいからってくくっただけなんだけどね。スースーするのよね」

 その代わりに、先っちょで遊んだり引っ張ったりする園児(主に男)が後を絶えない。ちなみにそういうことを杏先生にやっちゃう勇敢な男の子には、漏れなく杏先生が辞書を貸してくれます。廊下で持っててね。ずっと。腕が抜け落ちても。

「私もやってみようかなぁ」

「あんたは今の長さでちょうどいいじゃない。勝平だってその髪、気に入ってるんでしょ?」

「え、あ、う、うん……」

 まぁ、勝平なら「椋さんなら何処もかしこも好きだよ〜」とか言ってのけそうだけど。どっかの万年新婚夫婦みたいに。

「そういえばさ、何時の予約だっけ?」

「うん、えっとね……あ」

「ん?どうしたのよ」

「お姉ちゃん、ごめん」

「は?」

 椋がてへへ、と笑った。

「私の腕時計、電池切れてた」

 何ですと?

「走れぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」

「はいぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 

 

 

「何で髪の毛きりに行くのにこんな任務になるのよ……」

 あたしは美容院の待合室で息を整えた。予約は見事に間に合わなかったものの、他にキャンセルが入ったためそっちの枠に入れてもらうことになった。

「あはは。でもお二人さん、元気がありあまっていいですね」

「え、えへへ……」

「そりゃどーも」

 だいたい、一児の母親がこんなどたばたで務まるものなのだろうか。ボケ属性というのは、もしかすると育児に悪影響を及ぼすものなのかしら?あれ?でもそうすると渚はどうなるんだろう?それに、智代も天然っぽいから将来は不安よね。有紀寧……は案外大丈夫そうでどっか穴がありそうよね。ことみにおいては、この説が正しいならば絶望的だとも言える。というか、あたしの知り合いがほとんどボケ属性が強いってのはどうなのよ?

 え?あたし?あ、そうよねぇ、あたしが母親だったら、そりゃ安心だわ〜。あ、で、でも相手方が陽平ならちょっと問題あるかも。というか、どうやって育てるわけ?そもそも陽平って人間なの?これってもしかすると種を超えた愛?全米が泣いたとか、そういう話?

 

 

 

「杏……ごめん、僕は実は人間じゃないんだ」

「うん……知ってた」

「知ってたんすかっ!!」

「出会った頃から、そうなんじゃないかって勘付いてたの」

「それってすっごく失礼な話じゃありませんかアナタっ?!!」

「でも、あたし、それでも陽平が好きだから……」

「……杏……」

「ノンマルトでも異次元人ヤプールでも円盤生物でもゴーデスでもかまわないから」

「……何だかすごく懐かしいけど、それって全部敵の宇宙生命体だよね……結局滅ぼされるよね……光の戦士とかそういうオプションはないんですねわかります……」

「とにかく、陽平が好きだからね」

「はい……ありがとほ……」

「あは、陽平、そんなことぐらいで、泣かないでよ……馬鹿」

「誰のせいで泣いてるんですかねぇえええええっ!!」

 

 

 

「って、何をあたしは妄想してるんだぁあああああああああああああああああっ!!」

「お、お姉ちゃん?!」

 椋の声で我に返ると、美容院の視線があたしに集中していた。皆さんあまりにびっくりしたようで、誰も一番端のOLさんの髪がとんでもないことになっていることに気づいていない。ああ、あの人に見た目じゃなくて心で判断してくれる彼氏ができますように。

「どうしたの、急に大声出したりして」

「あ、あはははは、ごめんね」

「大丈夫?お姉ちゃん、ぼけちゃったの……いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい」

「この口かっ!よりにもよってそんなことを抜かすのはこの口か!!」

「え、ええと、次の方、どうぞ」

 引きつった笑顔で美容師さんが声をかけた。あたしは椋を彼女に突き出した。

「ほら、さっさと終わらせてきなさいっ!」

「あ、うん」

 椋の場合、あたしよりまめに来ているから、髪の長さの微調整で済むためすぐ終わる。

「それにしても、髪の質までそっくりですね、お二人さん」

「え?」

「そうなんですか」

「はい、そりゃもう。おまけにお二人揃って美人ですし」

「は、はぁ」

「お上手ですわね、おほほほほ」

「あはは。でも、本当の話、もしお姉さんが髪の毛短かったら、誰も見分けつかないと思いますよ?」

 

 ピキーン

 

 あたしの中で、何かが反応した。誰も?見分けが?つかない?

 へへぇ?誰も見分けがつかない、ねぇ?反応は反応を呼び、連鎖が起こり、そして結果として出た案は……

 おっもしろそうじゃないっ!!

「お姉ちゃん……」

「あ……椋」

 不意に椋が低い声を出した。そうよね。あたしは髪の毛を短くして椋に成りすますことはできても、椋は髪を伸ばせないからあたしにはなれない。そんなんじゃ、やっぱり嫌よね。理屈じゃなくて、何というか、気持ち的に嫌なのはわかる気がする。ごめんね、椋。

「私、今面白いこと思いついちゃったっ!」

 がくぅ。

 こういうところであたし達って本当に姉妹よね……

「やりますか、椋さん」

「やっちゃいましょう、杏さん」

 にしし、とあたし達は笑った。冷や汗を浮かばせても笑う美容師さんの顔が印象的だった。

 

 

 

 

「う〜ん、やっぱりすーすーするもんよねぇ」

「でもお姉ちゃん、それ似合うよ」

 美容師さんへの指示は、「椋と同じ髪型にしてください」だった。それを実行した後の美容院と言ったら、もう「驚愕」の一言だった。あたしがリボンを左から右に巻きかえると、誰もがそっくりさんだと舌を巻いた。一旦椋の家に行って服を貸してもらうと、あたし達は打ち合わせをしながら歩いた。

「まずはトモトモーズよね」

「古河パンも捨てがたいよね」

「勝平と陽平は後回しよね」

「うん、そうだね……あ」

 不意に椋が立ち止まった。

「あ?どうしたのよ」

「あのねお姉ちゃん」

 えへへ、と椋がかわいらしく笑った。

「万が一だけど勝平さんに手を出したら、お姉ちゃんといえども許さないからね?」

 とっても怖い笑顔だった。

「あ……う……で、でも、ほら、その場合は陽平を」

「何汚らわしいことはなしてるの、お姉ちゃん」

 椋……あたしの彼氏、そんなに汚らわしい?

「ととと、とにかく、古河パンがここから一番近いわね、うん」

「お姉ちゃん、わかったのかな?」

「え、ええ、もちろんよ」

「わかったんだよね?勝平さんは私のなんだからね?」

「わかった!わかったってばっ!!」

 すると今まで影がうっすらと見えていた椋の笑顔が明るくなった。

「だよねっ☆」

 何で急にさわやかになるのよ……ん?今何だかどっかで「あんたら似た者姉妹っスよね!」とか言う声が……ん〜?何て?

「ひぃっ!何でもないっす!!」

「あれ?お姉ちゃん、今何か聞こえた?」

「気にしない気にしない。あ、着いたわよ」

 あたし達は電柱の陰に隠れた。そしてひそひそと打ち合わせの最終チェックをやった後、椋があたしの肩を叩いた。

「いってらっしゃい」

「まっかせっなさい!」

 そして「あー、あー」と椋の声を作ってみると、古河パンに入っていった。

「こ……こんにちは」

「いらっしゃいませ……あ、椋ちゃんですっ!」

 まんまと騙されたわね、渚。

「あの……早苗さんのパン、欲しいんですけど……」

「えええっ!!」

「何だとぅ!!?」

「柊さんっ!大丈夫か!!」

 渚の背後にぴかっと雷が光ったかと思うと、店の奥から秋生さんと悠馬さんが飛び出てきた。

「おいおい、正気かぁ?これ食ってると、あんたのねぇちゃんの彼氏みたいな馬鹿になるぞ?」

 あ、それ納得。じゃなくて。

「柊さん、悪いことは言わない。いくら育児で忙しくても、それはやめておいた方がいいよ」

 義理の親子二代で説得にかかる古河パン。ここまで自分のところの商品を買うなという店も珍しいんじゃないだろうか。

「あ、あの〜、後ろ後ろ」

「ん?」

「は?」

 あたしが言うと、秋生さんと悠馬さんが振り返って凍りついた。

「私のパンは……私のパンは……」

 古河早苗(17)。古河パンのある意味天さいが、そこに立って泣いていた。

「育児で忙しくても馬鹿になるからやめておくべき物だったんですねぇえええええええええっ!!」

「くそっ!俺はっ!」

「俺達はっ!!」

『大好きだあああああああああああああああああああああああああああっ!!』

 もう慣れたものなのか、秋生さんと悠馬さんはめいめいパンを頬張りながら、早苗さんを追いかけていった。渚はそんな三人の背中を見てため息をついた。

「……大変ですね」

「いつものことですから」

 えへへ、と笑う渚。うう、かわいい。

「じゃ、じゃあ後で出直してきます……」

「え?あっ、待ってくださいっ!!」

 渚がそう呼びかけるが、あたしはすでに役割を果たしたのだった。早苗パンを買うというインパクトのある行動によって、「柊椋がたった今やってきた」という事実が作れればそれでいい。あたしは「それでは」と手を挙げてそそくさと古河パンから退出。椋に合図をした。そして角からそれ以降の展開を観察した。

「すみません……」

「いらっしゃいませ……あら?椋ちゃんですか?」

「はい、そうですが……」

「……たった今来ましたよね?」

「いえ、来てませんけど」

「えっ、でっでっでもっ……あうあうあう」

「あ……それって私の分身かもしれません」

「え〜っ!椋ちゃん、分身ですかっ!」

「とりあえずは」

「もしかすると椋ちゃん、分裂して発芽するんですかっ!!」

「とりあえずは」

「ドッペルゲンガーを見たら死ぬって本当なんですかっ!!」

「とりあえずは」

「ショックですっ!!」

 そんな渚の声を聞いて、あたしは作戦一号の成功を確信したのだった。古河家の他の人達の反応もみておきたかったけど、まあまたいつかの機会にとっておこう。

 

 

 

 

「……はい。では、あと少ししたら遊びに行かせてもらいますね」

 あたしはそう言うと、携帯を切った。隣で椋が目を丸くしていた。

「お姉ちゃん、本当に私の声真似うまいね」

「そう?まぁ、かわいい妹なんだから、いろいろと知ってるわよ。ちょちょいっと工夫すればほい、出来上がり」

「そうだね。あ、でも」

「でも?」

「これで勝平さんに悪戯なんてしたら、お姉ちゃん、ワカッテルヨネ?」

「ワカッテマスヨ?」

 くくく、と笑いながら椋が黒い影を背負う。ああ、柾子ちゃんがあんなに無邪気に笑っていたのに、この子ときたら……

「ん?」

 あそこできょろきょろ周りを見ているのはもしかすると……

「あ、風子ちゃんだ」

「あの子、一応あたし達と同じ年齢なのよね」

 正直言って中学生にしか見えない。どう贔屓目に見ても。

「う〜ん……」

「ん?どうしたのよ」

「あのね、お姉ちゃん」

 椋があたしを物陰に引っ張っていく。

「岡崎君とかみたいに狙ってやるのもさ、それなりに面白いんだけどね。やっぱりアドリブでうまくいくかも試したくなっちゃった」

「椋……お主もワルよのぅ……」

「いえいえ、お姉ちゃんにはかないませんわ」

 ふっふっふっふっふ、と悪者らしく笑う元藤林シスターズ。

「でも、どうするの?」

「あたしにいい案があるわ」

 ごにょごにょごにょら・ごにょりーた。

 

 

「こんにちは、風子ちゃん」

「はっ、誰かと思えば、ヒトデの似合う美女、会員番号五番の椋さんですっ」

「あ、あはは。会員番号なんてあったんですね」

「ちなみに一番はお姉ちゃんで、二番は渚さん、三番は杏さんで、四番が智代さんです!」

「そうなんですか……お姉ちゃんや智代さんより下なんですね……ふふふふふ」

 ぞわり、と背筋が寒くなった。え、えーっと、椋?恐らくそれってあんまりまっすぐに捕らえない方がお互いの精神衛生上いいと思うんだけど……

「それよりも大変です、風子ちゃん。今日はヒトデの新しい力を発見したので、風子ちゃんにお見せしたいと思います」

「新しい力ですかっ!楽しみです!!」

 目を細めて風子が興奮する。あ、何だか良心が今チクって来たかも。

「それってもしかすると、杏さんがおしとやかになるという、不可能を可能にする効果ですかっ」

「ち、ちょっと違うかもしれないです……あはは」

 前言撤回。一発殴らせろ。

「とにかく、これを持っていて下さい」

「これはっ!!はぁああああああああああああああああああああああああああ……」

 少し大きめのヒトデでトリップしてしまう風子。こんなのが教師で、本当に大丈夫なんだろうか、我が母校。
椋が目で合図したので、あたしは椋の隣に立った。

「せーのっ」

『風子ちゃんっ!』

「はっ!」

 トリップから戻ってくる風子。ぱちくりぱちくりと瞬きをした後で、あたし達を見比べた。

「はっ!!椋さんが、二匹いますっ!!」

 匹なの?あたしの妹って、匹で数えられるものだったの?

「私が柊椋です」

「二人に分かれました」

「えっ!」

「ですから」

「私が柊」

「椋です。二人に」

「分かれました」

 この時点で恐らく読者の皆様もどっちがあたしでどっちが椋だかわからないだろうと、確信を持って宣言する。しかしこの文の途中で分割するトリックは、気心知れあっている双子ならではのトリックといえる。

「わわわわわぁぁああああっ!?訳がわからないですっ!何で分裂するんですかっ?!」

「人格の意見の」

「食い違いとヒトデの力で」

「いっ、意見の食い違いで分かれてしまうんですかっ!!」

「確か、病院では」

「精神分裂病と言います」

「精神分裂ですかっ!!風子、とんでもないことを知ってしまいましたっ!!」

「でもフュージョンすれば」

「元に戻るんです」

「かっ、烏山明先生もびっくりですっ!!」

 そんなこんなで、アドリブ作戦も成功。

 

 

 

 

 岡崎家に行く途中、あたし達は公園を通り越した。ふと見ると、そこでは見慣れた子供達が元気に遊んでいた。

「……ねぇ、椋」

「ん、何?」

「子供って純粋なところがあってさ、考えて納得するよりも感じて納得するようよ?」

「つまり、今度は子供達がその感性であたし達を見分けられるか、試してみたいんだね」

「大正解」

 というわけで、今回の作戦は以下の通り。

 まず、椋が子供達の前でこんにちは、と挨拶し、自分を杏先生の妹、と紹介する。椋のことだから子供の世話も慣れているだろう。特に注射を嫌がるガキ大将に言うことを聞かせるのが仕事のうちなのだから、嫌なことをしなくていい分これは楽だと本人談。そしてしばらくしたらあたしと交代、そこで入れ替わったかを見極めるのだった。

「こんにちは〜」

 椋の挨拶に振り返るみっちゃん達。

「……おばさん、だあれ?」

 ピシッ

「……お姉さん、の間違いだよね?ね?」

「……すみませんびじんのおねーさま……どちらさまでしょーか……」

 この変わり身の速さと自己保存能力。もう少し早ければよかったんだろうけど、まああたしの生徒としては及第点をあげたい。

「お姉さんはね、杏先生の妹なんだよ?みんな、杏先生の生徒だよね」

「あっ!そのリボン!!」

「なんかおかおもにてる……」

「あのきょーぼーなきょーせんせーに、こんなおとなしそーないもーとがいたなんて」

 ありがと、元君。覚えとくわよ、先生。ええ、ええ、忘れてなんてあげるものですか。

「あ、あはは。で、今日は何して遊んでるの?」

「えっとねー」

 そして会話に入っていく椋。うん、なかなかうまいじゃない。時々ぎゃははとか元気のいい笑い声が聞こえる。出だし良好良好。そして元君がサッカーボールをまた蹴り始めると、椋が茂みに隠れているあたしに合図をした。あたしは頷くと、みっちゃん達が見ていない隙に摩り替わった。

「ねーねー、りょーおねーちゃん、さっきのパス、みたかよー」

「それよりもぼくのごーるだいっ!」

「あたしもがんばったよー」

「そうだね〜。みっちゃんも頑張ったね」

 えへへ、と椋の真似をして笑う。すると、元君があたしに近づいてきた。

「あれ〜?」

 え?まさかばれた?

「ど、どうしたの、元君?」

「げんくん、りょーおねーちゃん、どーかしたの?」

「……」

 元君はあたしをじっと見て、そして小さく呟いた。

「……ちがう」

「え?」

「ちがうよ。このひと、りょーおねーちゃんじゃない」

「じゃー、だれ?」

 うーん、と子供達が唸っている間、あたしは冷や汗たらたらだった。どうしてばれたんだろう?やっぱり鋭い感性とかいうものなんだろうか。子供にある第六感とかいうものなんだろうか。そう考えていると

「うん、きょーせんせーだよ」

「えー、うそー」

「ほんとだよ。だってこのがっかりおっぱいは、きょーせんせーのだもん」

「あ、ほんとだ」

「えー」

「みっちゃん、おれのめにまちがいはないぜ」

 ただのエロ心だった。

「……がっかりおっぱいで……悪かったわね」

 あたしは隠し持っていたアンデルセン童話集を取り出すと構えた。

「うわっ!やべっ」

「もー、げんくんがへんなこというからー」

「にげろっ!」

 逃がすと思って?

「おそいっ!!」

 あたしの投擲したアンデルセン童話は、ところどころ痛んでいて、空中でバラけた。そしてそれはクラスター爆弾のごとく、元君ともう一人の男子、修平君に当たった。

「にしてもねぇ……」

 目を回す二人をつつくみっちゃんを眺めながら、あたしはため息をついた。

「よりにもよって、変態本能に見破られちゃうとはね……」

 少しがっかりだ。いろんな意味で。

 

 

 

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